至る所に紛争の傷跡 @モスタル
気温が上がりきる前にスタリ・モスト橋へ。
そこに着くまでに、銃弾の跡が残った建物がたくさん…
ここ↓の墓地には1993年に亡くなららた方がたくさんおられる。若い人も。
左の建物にも、右の建物にも紛争があったことを物語っている…
橋の手前(西側)と、橋を渡った先(東側)では、雰囲気、お土産の感じも違う。
東側にも銃弾の跡が。
とにかく暑いので、一旦ホテルへ戻りました。
夕方、もう一度出かけて、晩ごはん。
ビックサイズで420円。
20:20、日の入り。陽が沈むと涼しくなってきました。
1993年当時、爆撃されたスタリ・モスト橋↓
以前、この地でお仕事をされていたという方の情報で、夜歩いても安全ということだったので、22時過ぎまで涼みました。
夕焼けと夜景も美しい!
共存・共生 @モスタル
今日はクロアチアのトロギールからスプリット→ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルへ移動。
アドリア海を見ながら、バスで移動。
絶景!!!!!
しかし…
久しぶりに乗り物酔いしそうだったので、写真は1枚も撮れず…
16時頃、モスタルに着いたので、ホテルの近くを歩いた。
この時の気温、37度!
日差しがきつい!!!暑い!でも、日陰は歩ける。
一旦、ホテルへ戻り、20時ごろもう一度、街へ。
バスの中からも見えたが、銃弾の跡が残る建物がある。
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の傷跡が残る。
当時、テレビでニュースを見た記憶がある。
その当時の影響が今も残る。
現在、スターリ・モスト橋を境に、西側にカトリック教徒のクロアチア人↓↓↓
それぞれの民族が生活する場所は、住み分けられているらしい。
ともに生きるために。
共存・共生とは何かを考えさせられる。
働いてた頃、「違っていて当たり前」と言ったり、聞いたりしていたが、本当に違っていて当たり前とどれだけの人が思っているのか疑問が多くあった。
日本の社会は、同調や同じことを求め、求められている気がする。
ヨーロッパを巡る中で感じたこと。
例えば言語。スイスでは、スイスドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語が公用語だという。私たちが出会った人たちは、さらに英語を話し、タイ語を話しと、多様な言語があった。それだけでなく、文化も人も違っていて当たり前。髪の毛の色、目の色、肌の色、生まれた場所、本当に違っているのが当たり前ということを実感する。
その中で共存・共生している。
日本はどうか。違うことを見つけ、指摘する…同じようにすることを求め、求められ…
そこに合わせよう合わせようとしてしまう自分がいる。
違いを認めるって難しい。
ここボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルでは、違いを認め合い、共存できる道を歩もうとしているところなのか。
民族間の対立、宗教の違い…まだまだ難しいところがある。また、それを理解するのはとても難しい。
明日は、旧市街地の方へ出かけ、街を歩きたいと思う。
まだまだ復興が進んでおらず、銃弾の跡がたくさんあるという。そこを実際に訪れ、感じてきたい。
陽が沈む8時半ごろ、涼しくなってきたからか、街にたくさんの人が見られた。カフェでコーヒーを飲む人の姿もたくさん。
で、私たちもカフェへ。1杯90円のコーヒー。
涼しくて、とても気持ちがいい。
珍しくコーヒーを頼む。エスプレッソ!?量が少なくて、ものすごく苦いやつ。そこに砂糖を入れて、少しずつ飲む。意外と美味しかった!これからはコーヒーもいけるかな!?
海水浴 @トロギール
今日は6時に起きて、朝市へ。
向かうと、すでに街の中は動き出していて、朝からカフェをしている人、ビールを飲んでいる人がいた。
私たちは買い物。
スイカを購入。この大きさで約400円。でかい!!
あとは、エビ!
これを調理して、今日の海水浴にランチとして持って行きました!
今日の海水浴はここ!
歩いていると汗が流れるぐらい暑いのに、海に入って日陰に入ると寒い。
だから、みんな日向にいるんですね!納得!でも、焼ける…嫌だ…でも、みんなは体を焼きに来てる…
帰りは、冷えた体を温めながら、キレイな花を見て、キレイな海を見て帰りました。
そして、今日の夜ごはんも作ってもらいました。
節約!節約!
あぁ〜美味しかった!!
リゾート クロアチア @トロギール
今日のお昼は、昨日、たくさんの人が並んでいたお店。
ハンバーガー屋さん!?ケバブがあったり、サンドイッチがあったり…
とにかく大きい!!!
私の手のひらは結構大きい方だけど、それ以上の大きさ。写真では伝えきれないけど、このハンバーガー1つで2人分の昼食(約400円)
腹ごしらえの後は、街を散策。
世界遺産!
コレニツァからトロギールに向かう間にたくさんのビーチを見かけた。
ここクロアチアは、ヨーロッパ中から避暑地として訪れる場所らしい…ホテルを探すためのサイトでも92%のホテルが予約済みと表示された!
で、街歩きの中でビーチを探しに行く!
発見!!!
明日はここで泳ぎます!
日本の多くの学校でも明日から!?明後日から!?夏休み!お疲れさまでした!
スーパーで食材を買って、早めにホテルに帰る。
その途中、サンダルの鼻緒が切れる…
そう!そう!旅に出て、はじめて服を購入。日本から持っていったズボンが暑く、麻のズボンを購入!涼しい!!
そして、夜はまたまた友だちがステキなディナーを用意してくれました。
今日は友だちのお母さんの誕生日!
♬Happy Birthday♬
表情を変えるクロアチア @トロギール
今日は山に囲まれた村コレニツァから、アドリア海に面しているトロギールへ移動。
バスで約5時間。
その間に、どんどん景色が変わる!!
まずは草原と山々。
次は、木々が生えない山々が見えてきた。
土地の区切りなのか、そこら中に石の囲いが…かつては建物がたっていたのだろうか…
1945年からは社会主義体勢が確立され、ユーゴスラビア連邦人民共和国となった。
1991年からのユーゴスラビア紛争により解体された。ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の6つの構成共和国はそれぞれ独立し、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニア、(コソボ)となっている。
その一つ、クロアチア。
1991年6月に独立宣言を発表。しかし、旧ユーゴスラビア連邦軍の猛攻撃を受け、1992年までクロアチアの独立戦争が続いた。(地球の歩き方より)
ユーゴ連合軍が砲火を浴びせたのは、今日向かった海岸沿いにたたずむ旧市街地だったようだ。
外務省の海外渡航情報でも、レベル1の十分注意してくださいの危険情報が出ている。これは、紛争時に埋められた地雷がまだ残っている可能性があるから。
1992年ということは、私は12歳。ベルリンの壁の崩壊とともにかすかに記憶にある。
クロアチアが独立してからまだ25年。ということは、25歳以上の人が、独立戦争の中、生きてきた。クロアチアに入国して、お店の店員さん含め、ホテルの人たちたくさんの人と出会ってきたが、そのほとんどの人がその時代を生きている。
民族間の対立など、私にはまだまだ理解しきれない難しいことがたくさんある。その中で、生きている人たち。
山や草原の写真を撮りながら、ここにもまだ地雷が埋まっている可能性があるのかな…と思った。
山を抜けると海!
トロギールの街に着くと、観光客でいっぱい。
そして、ここは世界遺産!
観光客で賑わっているが、25年前の紛争についても、考えたい。
私たちは第二次世界大戦で原爆を投下され、その後、戦争は終わったが、まだまだ戦争、紛争が続いていた、続いてることをここでも感じた。
ゆっくり一日を過ごす @コレニツァ
昨日は早起きをしたこともあり、22時ごろには就寝。
今朝、よく寝たな〜と思って時計を見ると、まだ7時。9時を回っているかと思ったけど…昨日早く寝たからだね。
朝食を食べた後は、情報収集タイム!
この時間がないと旅を進められない。ネットがない時代はどうしていたんだろうと思う。人から情報を得るしかないかな…やっぱり。そういう意味では、ネットの発達で人とのコミュニケーションが減ったのかもしれない。
ランチタイムの前に少し散歩。往復2.5kmほど。
はちみつ屋さん。
このお店ではちみつとチーズを買って、ランチタイム。ラズベリーのはちみつは、紅茶に入れるとほっこりする味。
今日も友だちが作ってくれました↓↓↓
ここは4日で移動するので、その期間の中で、材料を使い切れるように工夫しながら料理をしてくれています。
昼からまたまた情報収集。そして、今は昭和史についての本を読み始めました。第二次世界大戦前後の遺産を訪ねたり、1990年代の独立、紛争を目の当たりにする中で、日本についても知らなければならないと思い始めました。
晩ごはんはこれ↓↓↓
味つけがGOOD!決め手は、醤油と出汁だそうです。少しだけ調味料を持っていたので、それをフル活用してくれました!
クロアチアにも美味しい香辛料があると先輩から教えてもらいました!
近くのスーパーで見つけましたよ!!
素晴らしい景色 @プリトヴィッツェ
今日は5時半起き!!久しぶりの早起き!
人生の先輩がおすすめの場所として教えてくれた『プリトヴィッツェ湖群国立公園』に行ってきました。
当初は、ザグレブから日帰りにしようか、プリトヴィッツェの近くで1泊だけして次の街に行こうと思っていたけど、シェンゲン協定の国を出たこともあるので、ゆっくりしようということになり、プリトヴィッツェ近くのコルニツァに滞在。
ここから、バスで15分ほどでプリトヴィッツェ湖群国立公園!
6:25のバスに乗り、7:00前には到着。
早速、チケットを購入し中へ。
いきなり素晴らしい景色でした。
この後は、「すごいな〜」「きれいやな〜」の連発で、パシャパシャ写真を撮る時間が続きました。
ほとんどの道は歩きましたが、はじめに船に乗って対岸へ渡ったり、エコロジーバスに乗ったりしました。
約6時間ほど散策し、早めの帰宅。
昼はランチボックスを持って行き、湖畔でランチ。
夜は、友だちが親子丼を作ってくれました!久しぶりに懐かしい味!美味しかった〜。